ピンチョロ雑記帳

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秩父札所巡り(26番~32番)

 今日は、秩父札所巡り 4日目です。

 

 

     H22.2.28 002

        札所二十六番 万松山 円融寺

  『その昔、弘法大師がこの地に巡錫(じゅんしゃく)し、

  21日間に及ぶ護摩(ごま)の修行を成し遂げると、

  そこに観世音が現れて「この事後の大徳に任せよ」と告げた。

  その後、巡錫に訪れた恵心僧都は、聖観世音を彫り、

  村人と共に堂宇を建立して観世音を安置したという。』

 

     H22.2.28 006

        札所二十七番 竜河山 大淵寺

  『宝明(ほうめい)という名の行脚僧が、ここ影森の地で病に倒れ、

  7年の間病床にあった。そこへ訪れた弘法大師は、

  宝明から病の話を聞くと、聖観音像を彫り与えた。

  宝明は病の回復を祈願し、礼拝を続けた。

  するとどうした事か、7日目に霊験があり病は跡形もなく完治してしまった。

  これに歓喜した宝明は、弘法大師の彫った観音像を本尊として、

  堂宇を建立したという』

 

     H22.2.28 010

        そのとおりです

 

     札所二十八番 石龍山 橋立堂は冬季お休み中だそうです

    という訳で後日です。

 

 

     H22.2.28 012

        札所二十九番 笹戸山 長泉院

  『 元正天皇の頃、山の麓に龍女が現われ不思議な灯りをともし、

  村人達は大変気味悪がっていた。

  そこへ十余人の巡礼僧が立ち寄ったので、

  村人は灯りのともる岩屋まで案内する事にした。

  すると、岩屋から聖観音像が発見された。

  その後村人達は僧の指示に従い、ここに堂を建て聖観音を安置したという。』

 

     H22.2.28 014

 

 

     H22.2.28 016 

        札所三十番 瑞龍山 法雲寺 

  『平安時代、深谷山・岩の上堂に安置されていた深谷(ふかたに)観音が、

  鎌倉時代法雲寺開創に伴って、法雲寺境内に遷された。』

 

     H22.2.28 020

        札所三十一番観音院 は二九六の石段を登ったところにあります。

      

     H22.2.28 023

 

     H22.2.28 025

  階段の途中には十二支霊場があります。

  人はそれぞれの生まれ年の干支によって、

  守り本尊が決まっていると言われています。

  十二支守り本尊は古来より、厄除けや開運の守護仏として信仰されてきました。
す。

  十二支守り本尊は、千手観音菩薩(子年)、虚空蔵菩薩(丑・寅年)、

  文殊菩薩(卯年)、普賢菩薩(辰・巳年)、勢至菩薩(午年)、

  大日如来(未・申年)、不動明王(酉年)、阿弥陀如来(戌・亥年)です。

 

     H22.2.28 031

        札所三十一番 鷲窟山 観音院

   『鎌倉時代の初期、畠山重忠がこの地に狩りにやってきた。

  鷲の巣を見つけたので矢を射ってみたが、どうしたことか、

  何度射っても全て跳ね返されてしまう。

  不思議に思った重忠が、巣を降ろしてみると、

  平安時代将門の乱で所在不明になっていた

  聖観音像がそこにあった。

  その後重忠はここに堂を建て、聖観音を安置したという。』

 

     H22.2.28 037 

  畠山重忠の家臣本田親常が、1km先の穴に矢を射通させたという

  伝説が残る矢抜け穴です

 

 

     H22.2.28 041

        札所三十二番 般若山 法性寺

  本堂の更なる奥へ道無き道を進んで行くと、

  奥の院の観音像及び大日如来像に出会えるそうですが

  その道はとても険しいらしいです。

  しかし、そこから眺める壮大な景色は格別であり、

  苦労して歩むだけのなにかがそこにはあるそうです。

  次回行ってみたいと思います。 

 

  本日はここまで、続きはまた後日です。

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